パーパス
文/片桐 さつき
4年ほど前、分かりやすい解説で定評がある池上彰氏の番組で、子供たちの素朴な質問に回答していくテレビ番組があった。その中で中学2年生の子から「大人になったらなぜ働かなければいけないのか?」という質問があった。皆さんが池上氏の立場であったら、この問いに何と回答するであろうか。2021年に行われた内閣府の「国民生活に関する世論調査」の調査結果によると、「働く目的は何か」という問いに対し、「お金を得るため」が61.1%、次いで「生きがいをみつけるため」が13.9%、「社会の一員として、務めを果たすため」が12.1%となっている。もちろん、生きていくためにはお金が必要であるから、よほどの大富豪でなければ働かざるを得ないのが現状だ。
しかし、お金のためだけに人間は働くのだろうか。前述した質問に対する池上氏の回答が気になるところだが、要約すると「働いて給与をもらうということは、働いた成果(モノやサービス)を世の中の誰かがどこかで喜んでくれたということ、それが生きがいに繋がるのではないか」と語っている。自分はなぜこの会社で働くのか、そもそも人は何のために働くのか。日々の仕事に追われていると、前出の中学2年生の質問のように、ふとそう考えることは誰しもあるのではないだろうか。この回答を導き出すために必要なのが、昨今、経営戦略などの文脈でよく目にするパーパスという概念である。やや乱暴な言い方になってしまうが、パーパスとは、企業にとっては社会における自社の存在意義であろうし、従業員にとっては自社で働くことの意義でもあるだろう。ポイントになるのは、企業側のパーパスと従業員のパーパスが合致しているか、という点だ。
日本企業は立派な企業理念を掲げている企業が多い。この企業理念を自社のパーパスとして活用し、経営層と従業員で存在意義のベクトル合わせに活用している企業もある。一方で、企業理念を額縁に入れて飾ってあるだけで、活用しきれていない企業が多いことも事実だ。厚生労働省が2019年に公表している労働経済白書では「働きがい」について、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態として、ワーク・エンゲージメントという概念を用いている。これは「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)、「仕事に誇りとやりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)の3つが揃った状態を指す。こうした従業員が多く在籍しているのであれば、生産性は向上するであろうし、新たなイノベーションの創出も可能になるであろう。企業にとっては喜ばしいことしかないはずだ。パーパスをうまく取り入れられれば、従業員をこの状態にしていくために活用できるのではないだろうか。なぜ自分はこの会社で働くのか、しかしその回答は自問自答では簡単に見つからない。だからこそ、経営にパーパスという概念を用いて従業員一人ひとりと丁寧なコミュニケーションを図る必要がある。
こうした取り組みを、皆さんの投資先はきちんと実施しているだろうか? パーパスを掲げているか否かではなく、従業員とのコミュニケーションに対し戦略的に取り組んでいるかを統合報告書などの開示資料で見ていただきたい。例えば成長戦略でグループシナジーの創出を掲げているのに対し、グループ会社の従業員とのコミュニケーションがおざなりになっていないか? 経営陣が考えるパーパスと従業員のパーパスを同期させるような活動や、企業文化を醸成するような取り組みはあるのか? などがポイントになる。投資哲学をお持ちの個人投資家の皆さんであれば、こうした概念の活用がいかに中長期的なリターンの創出に有用なのか、きっと共感していただけるのではないだろうか。
※この記事は2022年10月25日発行のジャパニーズ インベスター115号に掲載されたものです。
片桐 さつき
㈱ディスクロージャー&IR総合研究所 取締役
ESG/統合報告研究室 室長
宝印刷㈱において制度開示書類に関する知見を習得後、企業のIR・CSR支援業務を担う。その後ESG/統合報告研究室を立ち上げ、現在は講演及び執筆の他、統合思考を軸としたコーポレートコミュニケーション全般にわたるコンサルティング等を行っている。